中日スポーツ・東京中日スポーツWeb「トーチュウF1 EXPRESS」とのコラボ企画第7弾。若くして現役を退いて4年がたった中嶋一貴を取り上げる。
中日スポーツ・東京中日スポーツWeb「F1 EXPRESS」とのコラボレーション企画第7弾は、若くして現役を退いて4年がたった中嶋一貴を取り上げる。ドイツ・ケルンの「TOYOTA GAZOO Racing Europe GmbH(TGR-E)」の副会長に就任し、世界耐久選手権(WEC)を戦うチームのディレクターとして運営に携わり、トヨタの若手育成プログラムなどにも力を注いでいるという。
周囲も驚く36歳での引退からまる4年。少しほっそりとした印象になった中嶋一貴は、TGRのユニホームに袖を通し、国内外のサーキットで生き生きとした表情で駆け回っている。
「今の仕事は大きく分けて三つです。メインはWECチームでの活動で、ドライバーとのコミュニケーションやシリーズ主催者との折衝など技術面以外の部分。それと若手ドライバーの育成です。世界の高いレベルでキャリアを積める機会をつくれるよう頑張っています。あとはFIA(国際自動車連盟)との交渉ごともあります。ものすごく多岐にわたっていますが、とても充実した日々を過ごしています」
活動の中心となるWECでは、テクニカルディレクターのデビッド・フローリーが技術面を取り仕切り、それ以外を一貴が担っているという。「WECの活動はドライバー時代からなので特別な思いもあります。現役を離れてもかかわれるのはうれしいですね」。2012年にドライバーとしてチームに加わってから、なかなか結果を残せなかった苦しいときを経て、ル・マン24時間レース3連覇(2018-20年)やシリーズ制覇を勝ち取ったチームの一員として、その活動を支えることに喜びを感じているようだ。
〝裏方〟に回って変わったことがあるという。「コミュニケーション能力が高まったと思います。ドライバーのときは身近な人以外はおろそかにしている部分もありましたが、立場が変わると本当にいろんな方とコミュニケーションを取る機会が増えました。自分でも成長を感じていて、殻を破るチャンスをいただいたと思います」。目前のレースだけに集中していた現役時代とは異なり、物事を円滑に進める役目を担うことで〝人間力〟も高まった。
36歳での引退は、現役への未練がゼロではなかったという。「現在のような仕事に携わらせてもらうことになり、現役も続けられる選択肢もありました。いろいろと考えた結果、今のような形でやらせてもらうのが、自分自身の成長につながると思いました」。WECの活動はドライバーからマネジメントに替わっても、他のカテゴリーで現役を続けながら携わる選択肢もあったが、自分自身の将来を考えて決断を下した。「現役時代より忙しいですが、充実しています。ドライバーだけを続けていたら今より楽だったと思いますが、いろいろな選択肢をいただけたことに感謝しています」と振り返った。
若手育成の活動にも力を注ぎ、今年からフォーミュラ・リージョナル(FR)の欧州選手権などに参戦している中村仁選手の活動にも深くかかわっている。「ドライバーへのアドバイスもありますが、チームとのコミュニケーションも行っています」。自身も21歳からトヨタの育成プログラムで欧州のレースを戦い、F1まで登り詰めた経験を持つ。一時は途絶えていた世界を舞台にした若手選手の育成活動が再開され、継続的に育てていく方針という。
「世界でトップを狙えるような才能を持ったドライバーはそんなに多くはない。(育成活動を)継続的に行っていくことで、いいタイミングが生まれると思います。それに僕や(小林)可夢偉も(海外で活動する)チャンスをもらい、いろんなことを身につけられて今があります。ドライバーに限らず人材の育成という面でも、モータースポーツを文化にするには継続が必要だと思っています」
世界に挑戦できるドライバーの育成にとどまらず、スケールや文化も異なる海外のレースに派遣した選手やチームメンバーが日本に戻り、培った貴重な経験を広めることで日本独自のモータースポーツ文化にも役立つと考える。「海外などでいろいろな経験を積んだ人が増えれば増えるほど、いろんなフィールドでアウトプットされる機会が増えると思う。そういうことが積み重なり文化になっていくと思う」。自身も壮大な取り組みの一端を担っている思いだ。
ただ、まだ40歳。モータースポーツに限らず、将来への可能性は無限にある。「僕はもともと先のことを深く考えるタイプではないんです。ただ、子どものころからモータースポーツしかやってきていないので、他のことはできません。この世界にはモリゾウさん(豊田章男会長)を筆頭にして、トヨタに限らずいろいろな方が強い思いを持って未来に向けて進んでいる。自分はその時々にできることを、何でも精いっぱいやっていきたいと思っています」。自分を育んでくれたモータースポーツの文化醸成や発展のため、力を注ぎ続ける。