
トヨタには、新しい事業をおこし、発展させてきた歴史がある。ベンチャーのチャレンジ精神を受け継ぎ、新事業に挑戦する社員を紹介する本連載。今回は、ビジネスを生み出し、拡大させるための支援をおこなう事務局と、事業を立ち上げたプロジェクトオーナーを取材。そこには、心動かされる経験を通じて、人が育つ仕組みがあった。

BE creationの原点にあるもの
「誰かを助けたい」「技術を活かして新しいことにチャレンジしたい」
そんな想いで生まれた提案が、「BE creation」(トヨタの新事業創出の仕組み)から次々と羽ばたいている。
事業開発本部の中西勇太(いさお)本部長は、「(トヨタのルーツである)『誰かのために』『お国のために』というDNAが継承されて、今の私たちの事業があります」と連載第1回で語った。
先進技術開発カンパニーの井上博文プレジデントは、「新しいことに対しても合理性があれば、“やってみなはれ” と上司が温かく見守ってくれる風土がトヨタにはある」とも。
「BE creation」は、新事業を成功に導くために生まれた仕組みだ。しかし、その中核を担う公募制度の「B-pro」、事業化を支援する「E-biz」、さらには制度を利用して実際に事業を立ち上げたプロジェクトオーナーの声から見えてきたのは、「誰かの課題を本気で解決しようとする人を応援する仕組み」でもあった。
初めての挑戦をサポートするB-proの仕組み
社員や再雇用者(プロフェッショナル・パートナー)、さらには、グループ企業からも広く募っている新事業の公募制度「B-pro」。
毎年約300件の応募があり、書類/面談審査を通過するのは約20~30件。そこから1次・2次審査(MVP1・2)と進み、約1年後の最終審査を通過するのは3~4件だ。
立ち上がった背景には、トヨタの「モビリティカンパニーへの変革」があったという。
新事業企画部 事業開発室 BE creationグループ長
永田昌里

B-proの起点となったのは、現在のBE creationグループの前身である未来プロジェクト室が中心になって推進していた、車両の新コンセプト企画をおこなう活動 (Future Scenario & Concept)です。
その後、トヨタがモビリティカンパニーへの変革を目指すなか、(コンセプト車両にとらわれず)より幅広いアイデアを求めるためにも、誰もが事業提案をできる社内公募制度を作ろうとなりました。そうしてリニューアルがなされ、現在のB-proへと生まれ変わったんです。
応募に際しては、B-proのメルマガに登録し、社内のイントラネットからエントリーシートに記入すれば完了する。
現在では社内や一部グループ会社での認知も徐々に高まっており、エントリーの時点から早くもお客様のもとに出向き、実際のお客様の声や課題を書き込む起案者が年々増えているという。
永田グループ長
2025年より、BE academia(旧・B道場)というラーニング・コミュニティを立ち上げました。そこでは、新規事業に今は興味がなくても、多様な働き方やキャリアへの気付き、WILL(何かを成し遂げたいという強い意志)の醸成や課題の構造化、思考の整理方法などを有識者講演やHOW TO形式で公開しています。
オンライン講演会、ワークショップ、ミートアップなどもおこなっているため、応募者のレベルが上がってきています。
しかし、最初の段階で見るのは大きく3つだという。それは、トヨタが取り組む意義(戦略合理性)・WILLや原体験・顧客課題の仮説、この3つのバランスを見ながら採点していく。
面談審査では、どれだけ情熱があるのか、しっかりと事業に向き合える人物とチームであるかを審査していく。
先進プロジェクト推進部 プロジェクト基盤開発室 プロジェクト創生グループ長
藤原隆史

その後、3カ月、3カ月、6カ月と最終審査まで段階的に審査がおこなわれます。
求められる要件はステップアップするたびに高くなりますが、一番重要なのは“WILL”。なぜやりたいのかという想いの部分です。
WILLはお客様と共に育むもの
中西本部長も、「結局はプロジェクトオーナーのWILLがどれだけ強いかが重要になってくる」と語っていた。一方、新事業に応募している時点で、すでに熱い想いは備わっているようにも思える。
藤原グループ長
WILLは育むものでもあるんです。
例えば、お客様に会って課題解決を約束する、試行錯誤する、解決できず悔しさを味わう。その繰り返しの中で醸成されるものなんです。個人やチームの情熱だけでは最後まで走りきれません。
目の前に困っているお客様がいる。期待をかけられ自分事になる。絶対に何とかしたいと決意する。そういう当事者意識が求められる環境で、WILLはどんどん強くなるのだという。
エナジーソリューション事業部 事業基盤開発室 技術外販G 主任
加藤和範

私もそこに苦労しました。目の前の課題を解決したい想いはあるのに、なぜ解決したいのかを言語化するのが難しい。
また、そのWILLと会社のミッションをいかに重ね合わせるかにも苦労しました。
顧客課題の発見を皮切りに、事業仮説の提示、検証・確認、事業計画と、ステージが上がるたびに要求されるレベルも上がる。
また、心にWILLを抱えながら、お客様のところに何度も足を運ぶことを求められる。そのうち、当初想定していた事業ではビジネスとして成り立たないと気づくこともある。
行動し、悩み、仮説を立て、また行動する。その繰り返しのなかで起案者たちは多くの気づきを得て、大きく成長する。
加藤主任
私はエンジニアなので、良い技術があれば自然に広がるだろうと思っていました。
しかし、まずは技術を知ってもらい、使ってくれる人がいて、満足してもらうことができて初めて広がっていく。同じ技術でも、お客様の状況や環境が変わるだけで突然受け入れてもらえることがある。
営業活動を通じて、技術の中心には必ず人がいるという事をより深く理解することができました。
BE creationでは、各プロジェクトに「シェルパ」と呼ばれる伴走者が付き、起案者たちと二人三脚でプロジェクトを育てていく。次のステップに進むための審査には、BE creationのスタッフだけでなく外部のプロフェッショナルも加わる。
「審査会ではQ&Aのやりとりを大事にしています」(永田)
「審査する」よりは「議論する」、「ふるいにかける」よりは「育てていく」。そんな価値観を大切に、審査員もまた真剣勝負で挑む。
晴れて最終審査を通過すると、次は事業性検証のステージであるSEED期へ駒を進める。
E-bizがつむぐ 新事業成功へのノウハウ

第4ステージのSEED期から、実際に製品やサービスを世に出すことが多い。
起案者たちのキャリアは、企画・開発・設計・製造技術・営業・経理などさまざま。一方、クルマ事業がメインであるトヨタにおいて、新領域における事業拡大のノウハウは豊富ではない。
そこを支えるのが「E-biz」という仕組みだ。製品やサービスを売るための営業・マーケティング・品質保証など、あらゆる面で事業の拡大をサポートしていく。
新事業企画部 事業開発室 BE creationグループ 主幹
後藤太一

現在もそうですが、E-Biz立ち上げ当初は特に、起案者と一緒に事務局・社外有識者も協力してマーケティング戦略を検討したり、商談同行・営業資料のレビューをしていました。
そうしたノウハウを蓄積し、勉強会を開催するなど、新規事業ならではの品質担保の基準・体制づくりなどを関係各部と連携して具体化してきました。
新事業の拡大を支えることに真摯に向き合い、自分たちも学び、実践してきたからこそ、貯められた知見がE-bizにはある。
現在は、社内外のアセットを使って新事業を推進するだけでなく、新事業で培ったノウハウや経験を本業へ還元する動きも出始めている。
後藤主幹
法務・経理・知的財産部などさまざまな部署に協力いただきながら、窓口を一本化した“コーポレートサポートパッケージ”という仕組みをつくりました。
これにより、重複する課題の横展開や社内ルールの最適化が進んでいます。
その背景には、今ある新事業を大玉化するだけでなく、今後社内のさまざまな場所から生まれるであろう新しい事業にも役立つ、再現性のあるインフラをつくりたいという目標がある。
モビリティカンパニーへの変革を進めるトヨタでは、BE creationだけでなく(商用車を担当する)CVカンパニーや(品質を担当する)カスタマーファースト推進本部などでも新事業が生まれている。
E-bizから彼らへ情報共有することで、ノウハウはもちろん、一緒に社内の風土づくりに貢献できればと考えているという。
後藤主幹

社内のどこで立ちあがろうとも、新しい事業の創出・拡大には困難がともないます。自分の専門性を超え、一気通貫でプロジェクトを進め、自ら実践する。そんなときE-bizの仕組みが役立ちたい、という想いで活動しています。
エンジニアが営業を学ぶ、事務屋がモノづくりを学ぶ。また、営業出身者が改めて営業プロセスやマーケティングを学び直すなど、新規事業の拡大を経験することで、キャリアに幅・深みが出ます。
こうした多様なキャリアは、多様な働き甲斐・生き甲斐に繋がり、結果としてその人・組織を強くしていくと信じています。
SEED期以降の実践と支援は、起案チーム・事務局双方のキャリアの広がりにもつながる。さらに、多様な働き方にも資することも見えてきた。
そんな中、BE creationは今、新たなフェーズに向けて動き出した。
新事業企画部 事業開発室 室長
只熊憲治

昨年、BE creationの足場固めとして、パーパス・ミッション・ビジョン・バリューを定めました。今後はそれらを軸に、着実にステップアップしていきたいと思います。
また、これまでのフェーズは、モビリティカンパニーへの変革として“まずはやってみる”という段階でした。そこから、DRIVE RECORDER119やSayuU、WAVEBASEのようなものが生まれてきた。
次のフェーズでは、「材料・データ」や「安全・安心」といった事業領域を塊として定義し、アライアンスも検討しながら大きくしていこうと考えています。
これまで、B-proは「フリーテーマコース」と社会課題起点の「DeepDiveコース」の2つに分かれていた。
しかし、2025年からは移動需要を喚起する「モビリティライフコース」、社内の改善ツールや仕組みの外販を目指す「社内アセット外販コース」、ドラレコ画像を使った事業案を募る「ドラレコ画像活用コース」の3コースが加わった。トヨタが得意とすることを明確にして、事業を研ぎ澄ませていこうとしている。
ヒリヒリする現場だからこそ純粋になれる
トヨタの中で新しい事業を起こす。応募者の動機はさまざまだが、今、新事業は「トヨタの中でもっと挑戦したい」という人の選択肢の一つになっている側面もあるという。
自分が夢中になれるものを探し、とことん情熱を注ぐ。
オーナーシップをもって、プロジェクトを動かす。
「誰かが何とかしてくれる」ではなく「自ら周囲を巻き込む」。
日々、ヒリヒリする緊張感の中で、必死に事業を前進させる。
心動かされる経験をして涙する。
そんな光景を、そこかしこで見ることができる。
藤原グループ長
新事業にたずさわっていると、人が覚醒する瞬間に立ち会うことがたくさんあります。審査会でも、誰かを助けたいという想いがヒシヒシと伝わってくる。

そこで涙したり、社会課題の現場で自分の無力さに号泣したり…。みんな本気で挑戦しているんです。
只熊室長
新事業ってトラブルがすごく多いんです。いろいろなことがリアルに起こる。
もちろん、そのひとつひとつに丁寧に対応していくわけですが、新事業なので新しいことばかりで、言い換えれば、それこそが事業が前に進んでいる証拠なんです。
各プロジェクトが昇格することも嬉しいですが、なにより同じ目的を持った仲間がいて、みんなで一緒に進んでいる感覚。その輪の中にいることができて幸せです。
最後に、どんな人材にチャレンジしてほしいかを聞いてみた。
只熊室長

シンプルに言うと、熱い想いがある人です。
また、成功しているプロジェクトオーナーは純粋な人が多い。現場を見て、お客様と接するなかで育まれるのかもしれません。
あとは、その課題を解決するための行動力。この3つが求められる人材だと思います。
2025年度B-proのエントリーは6月30日に締め切りを迎える。
誰かの課題に向き合いながら、心動かされる経験をしながら挑戦する新しい物語。
次の主役はあなたかもしれない。