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砂漠を制す水素の力! HySEバギーが「ダカール2025」でクラス2位に!

2025.05.23

国内バイクメーカー4社とトヨタなどからなる技術研究組合「HySE(ハイス)」が、昨年に続き水素エンジンバギーでダカールラリーに参加、見事クラス2位に輝いた。その進化と今後課題とは?

カワサキモータース株式会社(以下 カワサキモータース)、スズキ株式会社(以下 スズキ)、本田技研工業株式会社(以下 ホンダ)、ヤマハ発動機株式会社(以下 ヤマハ)の2輪メーカー4社に加え、川崎重工業株式会社、株式会社デンソー、そしてトヨタ自動車株式会社(以下 トヨタ)などが参加する技術研究組合「水素小型モビリティ・エンジン研究組合「HySE(ハイス)」。

HySE:Hydrogen Small mobility & Engine technology

このコンソーシアムは、カーボンニュートラル社会の実現に向け、バイクや軽自動車など小型モビリティ用水素エンジンの基礎技術の確立に取り組んでいる。

その活動の一環として、砂漠や泥濘地、山岳地帯などの厳しい環境下で行われることから世界一苛酷と評されるダカールラリーに2024年に続き2年連続で参加した。

厳しさを増した2025年の挑戦

セレモニアルスタート

エントリーしたのは「ミッション1000」という特別カテゴリー。水素エンジン車やBEV(電気自動車)、バイオ燃料車など、カーボンニュートラルに向けた次世代パワートレーンの技術開発を促進する目的で2024年に創設されたものだ。その名の通り、1日100km前後、合計で約1000kmを走破する設定で、一般カテゴリーより走行距離は短いものの、過酷な走行環境は変わらない。

ちなみにHySEは、「ダカール2024」には水素エンジンを搭載したバギー「HySE-X1」で挑み、クラス4位完走を果たす。この挑戦についてはトヨタイムズでも紹介した。

一方、2025年1月3日〜17日に開催された「ダカール2025」には、改良型の「HySE-X2」でエントリー。より厳しいコンディションの中、昨年より順位を2位上げ、クラス2位という好成績を収めた。

特筆すべきは、設定されたコースを100%走破したこと。同クラス優勝のチームでさえ100%に達しないという状況で、唯一の完全走破を成し遂げたのだ。ダカールラリーのレギュレーションでは70%以上走破すると完走とみなされるが、2024年が90%だったことからも、大きな成果を得たと言えるだろう。

チームリーダーを務めた甲斐大智さん(スズキ)は、今年のダカールの厳しさについて語る。

甲斐チームリーダー

今年のダカールは昨年より距離が約230km伸び、より厳しいコンディションでした。昨年は70km以下のステージが半分ほどあって比較的走破しやすかったのですが、今年はほとんどが90km超えでした。その中でも2位という成績を残せたのは、昨年の経験を生かせた結果だと思います。

2024年の初参加時は925kmだった総走行距離が、2025年では1,120.17kmに延長。ステージ数も増加し、多くのステージで90km以上の距離設定となり、チームは昨年より厳しい条件での走行を強いられたが、それを乗り越えての結果はさらなる技術進化の証左となった。

しかし、好成績の陰には大きな苦難も隠されていた。現地入り直後に実施されたテスト走行で、エンジンが立て続けに2基破損するトラブルに見舞われたのだ。エンジン適合を担当した藤木俊孝さん(ヤマハ)は、当時の緊迫した状況を振り返る。

藤木さん

テスト初日に1基、2日目に1基と、3基のうち2基をいきなり壊してしまい、3基目も破損したら、撤退しなければいけない状況でした。スケジュール的に3基目のエンジンを載せてからのテストができず、いきなりプロローグラン(第1ステージの出走順位を決定するために実施される競技)となり、不安を抱えながらのスタートでした。無事に帰ってきた時は安心と感動で涙目になりました。

なぜエンジンは破損したのか?

エンジン破損の原因について、藤木さんは昨年との違いを強調した。

藤木さん

去年はかなり安全側にセッティングを振っていたので、実は技術的な課題を出すところまで行けなかったのですが、今年はギリギリまでちゃんと攻めきったので、課題が抽出できました。

同じくエンジン適合担当の平野雅貴さん(カワサキモータース)は、具体的な故障原因をこう分析する。

平野さん

1基目のエンジンは空気に対する水素の混合割合が濃すぎる状態になり、燃焼室内で異常な燃焼が発生して破損しました。2基目の故障は、点火するタイミングが早すぎたことで同様の異常燃焼が起きてしまったのが原因です。

これらの問題の根本原因は、高地での大気圧低下に対応する補正制御が十分に機能していなかったことだと、藤木さん、平野さんは分析。そこで、エンジン適合チームは迅速に対策を講じ、3基目のエンジンでは補正値を手動で調整することで問題を回避することに成功した。

水素エンジンの課題と向き合う

HySE-X2で浮き彫りになった技術的課題は、大きく分けて三つだった。一つ目は前述の通り「大気圧補正」の問題だ。実は平地ではテストで限界まで攻め切り、異常燃焼を抑えるための適合が済んでいたのだが、時間の問題で高高度でのテストができていなかった。高度が上がると空気が薄くなるため、それに合わせて水素の噴射量を適切に補正する必要がある。しかし現在のシステムでは、その補正が十分に機能せず、事前テストで異常燃焼によりエンジンを2基破損。本番では手動での調整が必要な状態になった。

二つ目は「タンク温度の低下」による制御の問題。甲斐チームリーダーはこの現象について詳細なデータを示しながら解説した。

甲斐チームリーダー

全開で減速なしで2分間走る状況があったのですが、タンク温度が8℃も低下しました。ダカールの走行条件では、全開で走り続けると約10分でトルク制限がかかる計算になります。

水素は高圧タンクに貯蔵されているが、全開走行が続くと断熱膨張に近い現象が起き、タンク内部の温度が急激に低下する。低下し過ぎるとタンク使用制限範囲を超えてしまうため、安全面も考慮して自動的にトルクを制限する機能が働く。ダカールのような過酷なレースでは、この「10分で制限がかかる」という制約が大きな戦略的課題となった。

三つ目は「巡航距離の不足」だった。今年のステージは90km以上の距離が多く、燃費と出力のバランスが常に問われた。チームは各ステージの状況に応じて綿密な燃費計画を立て、燃費を抑えつつ最後の5kmだけ全開で走るなど戦略的な走行を実践する必要に迫られた。

水素エンジンの大幅な性能向上

一方、昨年からの経験を活かし、水素エンジンの性能を大幅に向上させることに成功した。甲斐チームリーダーは具体的な改善項目を挙げる。

甲斐チームリーダー

昨年はアイドリング中に排出する排気ガス中の水素濃度が高かったのですが、今年は制御を改善したことで、大幅に濃度を低下させることができ、安全面でも改善しました。

また、高回転化に向けてさまざまな対策を実施した結果、1万1500回転まで使用可能になりました。異常燃焼の問題も大幅に改善され、アクセル開度60%以上での発生率は昨年の0.32%から0.16%に減少しました。

走行性能の向上も目覚ましい結果に。昨年は燃費重視で走行していたため、エンジンの出力とアクセル開度ともに40%程度に抑えていたが、今年は60%以上の領域を主に使い、アクセル開度も半分以上を維持して走行。全開率も全体を通して約10%に達した。その結果、最高速度も各ステージで約20km/hほど上昇した。

これまでダカールには2輪、4輪いずれでも参戦経験があり、今年HySE-X2のステアリングを握ったベテランドライバー、池町佳生さんは、水素エンジンバギーの走行性能に感銘を受けたという。

池町さん

水素エンジンはパワーがないのかなと思っていたのですけど、想像以上にパワーがあって、正直驚きました。“カーン”という甲高いエンジンサウンドも素晴らしく、どんどんスロットルを開けてエンジンを回したくなるんです。

各クラスのトップを紹介するセレモニーで、最初に我々が紹介されたのですが、エンジンを“バンバン”と吹かして登場したら会場から大きな歓声が上がって、水素エンジンがすごく注目されているのが分かりました。

プロジェクト副リーダーを務めた市川正明さん(トヨタ)も、水素エンジンの特徴的なサウンドに魅了されたという。

市川プロジェクト副リーダー

HySE-X2がスタートして姿が見えなくなっても、5分くらい砂漠に響き渡るエンジン音が聞こえてくるんです。しかも排出するのは水蒸気です。それが本当に印象的でした。

チームの成長と挑戦

そもそもダカールラリー参戦の意義は、「人を鍛える」という点にもある。実際、現場に行ったエンジニアやスタッフは厳しい経験の中から多くのことを学んだという。
エンジン制御を担当した宮嶋昇平さん(ホンダ)は、プロジェクトを通じて視野が広がったことを実感している。

宮嶋さん

普段の仕事で悩んでいたことも、いやいやそんなもの全然悩んでいるレベルじゃないと思えるようになりました。もっと広い視野でプロジェクトに臨めるようになった気がします。

主にパーツ管理やロジスティクスを担当した南部佑太さん(トヨタ)も、予想外のトラブルへの対応から貴重な学びを得たと話す。

南部さん

自分が想定していること以外でトラブルは起きるんだなというところと、そもそも起きないようなトラブルにも対処できる視野の広さを持たなければいけないと実感しました。

次なる挑戦への展望

2年連続のダカール参戦を経て、HySEはさらなる技術的進化を目指している。プロジェクトリーダーを務める中西啓太さん(ヤマハ)は、今後の方向性について慎重に言葉を選びながら語った。

中西プロジェクトリーダー

継続的にダカールに参加すべきという意見と、時間をかけて課題解決してから改めて参戦を目指すべきという意見がチーム内に存在します。後者の場合、2年計画でハードとソフトのレベルアップに取り組むことになります。来年も出たい気持ちもあるし、時間をかけてちゃんと課題解決してから出たいという気持ちもあるし、悩ましいです。

"感動"が生み出す力

ダカールラリー挑戦の発案者であるHySE副理事長の松田義基さん(カワサキモータース)は、今回の成果に手応えを感じているという。

松田副理事長

このクラスには、「ファンブースト」という人気投票でポイントが与えられるシステムが導入されているのですが、HySE-X2は海外からも多くの注目を集め、1位を獲得しました。

HySEの知名度、注目度が大きく向上し、賛助会員というかたちで欧米のメーカーも加わるなど、世界にも着実に輪が広がっています。これは私たちにとって大きな成果です。

松田副理事長にとって、HySEプロジェクトの本質的な価値は技術開発だけではないという。

松田副理事長

エンジニアは通常、企業の枠組みの中で動くことが多いものです。だからこそ、HySEではエンジニアリングの持つブレイクスルーする力を存分に発揮できる場を提供したい。若いエンジニアたちには「感動」を経験してほしいのです。悔しさや辛さも経験することで本当の感動が生まれます。企業ではリスク管理が重視されますが、イノベーションにはリスクを取る勇気も必要です。トヨタのマルチパスウェイの考え方が二輪業界に広がったのも、この勇気があったからこそだと思います。

© A.S.O./J.Delfosse/DPPI

未来へつなぐ挑戦

今年のダカールでは環境配慮も一歩前進した。アラブ首長国連邦から持ち込まれた「グリーン水素」が使用されたのだ。市川プロジェクト副リーダーはこの取り組みの意義を強調する。

移動式水素ステーション
今回はアラブ首長国連邦でつくられたグリーン水素が供給された

市川プロジェクト副リーダー

太陽光を使って生成したエネルギーでつくった水素なので、環境対応がさらに進んでいます。これは、水素社会の実現に向けて国際的な期待が着実に高まっている証だと思います。

2月上旬に大阪で「HySE Dakar Rally 反省会」が開催され、ラリー後初めて主要メンバーが一堂に会した。

HySEでは、技術課題の解決に取り組みながら、今後もダカールラリーをはじめとする国際舞台で水素エンジンの可能性をアピールしていく方針だ。エンジニアたちが企業の垣根を越えて技術を磨き、感動を共有するHySEの挑戦は、カーボンニュートラル社会の実現に向け、内燃機関の新たな未来を切り開く道標となっていくことだろう。

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