
日本音楽産業のグローバル化・持続的な成長を推進する「MUSIC WAY PROJECT」が発表された。トヨタグループが協力を決めた理由とは。

2月25日、CEIPA(一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会)とトヨタグループは、日本音楽産業のグローバル化・持続的な成長を推進する共創プロジェクト「MUSIC WAY PROJECT」を開始すると発表した。

CEIPA*とは、日本の音楽をはじめとするエンタメ産業を世界にプロモートする団体。日本の文化・芸術産業にかかわる人材育成、デジタル化の推進などの事業を展開している。
*日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会の5団体で構成する
記者会見には、CEIPAの村松俊亮 理事長、都倉俊一 文化庁長官、そして、トヨタグループを代表して豊田章男会長の3人が登壇した。
トヨタグループが、一見かかわりの薄そうなエンタテインメント産業の支援に乗り出した理由とは?
音楽の「道」をつくるプロジェクト
「MUSIC WAY PROJECT」は「日本の音楽が世界をドライブする」を合言葉に、音楽で世界に挑戦する「人づくり」と「場づくり」に重点的に取り組む。
「人づくり」では、学生向けの寄付講座や若手の育成、クリエイターとのワークショップなどを通じ、海外で活躍する才能を磨いていく。
「場づくり」では、今秋にも開業予定の「TOYOTA ARENA TOKYO」をはじめ、トヨタグループの海外拠点とも連携し、アーティストの活躍の場を提供する。
会見でCEIPA・村松理事長は、「世界を楽しませるチカラを持った若いアーティストが日本にもたくさんいるのに、まだまだ世界に気づいてもらえない」「日本音楽の未来を切り開いていく若者たちが、国境を越えてつながる『道』を用意したい」とアーティスト支援への想いを語った。

「日本が大好き」が原動力
会見でスピーチを行った豊田会長は、今回の共創プロジェクトの支援の根底に、自身の「日本が大好き」という想いがあると語った。

実際、社長時代の豊田会長は、日本への想いがあったからこそ、超円高のときでも日本の競争力維持のため、世間の声に反して国内に工場を置き続けることにこだわった。
そんな強い日本への愛を持つ豊田会長は「世界に挑戦する日本人を見ると応援したくなる」と語り、バスケットボールの八村塁選手や、俳優のアンナ・サワイさんの名前も挙げ、日本の若者が世界的に活躍する姿に胸を躍らせているという。
「日本のエンタメも、日本のために世界で戦おうとしている」という想いを持つCEIPAや文化庁・都倉長官に出会った豊田会長は、今回のプロジェクトを知り、支援を決めたと語った。
トヨタが音楽から学ぶべきこと
豊田会長は、クルマには数値化できないところに“エモーショナル”な魅力があり、ストーリーが宿るとも補足した。

マスタードライバーとして豊田会長がクルマづくりに参画する以前のトヨタでは、“スペック”でクルマの良し悪しを判断することが多かったという。
実際、最近のトヨタ車の新型発表では、スペックではなくストーリーが語られることが多い。
GRヤリスでは「マスタードライバー自らがハンドルを握り『走る、壊す、直す』を繰り返し鍛えられてきた」というストーリー。
最新のプリウスでは「タクシー専用車にしてはどうか?」という豊田社長(当時)に対し「エモーショナルな愛車をつくりたい」と奮起したエンジニアたちとのストーリー。
「時期が来たらモデルチェンジ」というそれまでの当たり前に挑戦し、4つのボディーバリエーションが生まれた16代目クラウン。
それぞれの物語が、クルマとしての魅力につながっている。
しかし、クルマは工業製品であり均一に生産することも求められる。一方、音楽は無数にあるが同じ曲は一曲も存在しない。それぞれに作者の込めたストーリーが宿っている。
そう語った豊田会長は「聞く人によっても、それぞれの思い出やそれぞれのストーリーが存在する」「私はクルマをもっともっとエモーショナルな存在にしていきたい」「私たちトヨタは音楽から学ぶべきことがまだまだあるはず」と、単に、音楽業界に支援をするということでなく、自分たちも学んでいくための取り組みであることを強調した。
なぜ、トヨタグループなのか

また、トヨタ単体ではなく、グループでの参加を決めたことについて、豊田会長は 次のように答えた。
「私も、トヨタグループも『文化の香り』はしませんよね? (文化的なことを)知っているという顔をせずにいた方が、純粋なお手伝いができるんじゃないか」
「(トヨタグループは)世界にいろいろな拠点があり、それぞれパートナーがいます。力を合わせれば、人づくり、場づくりでいろいろなことができるんじゃないか」
日本の音楽を、もっと世界へ
村松理事長、豊田会長のプレゼンが終わり、登壇を促された都倉長官。海外へ羽ばたくアーティストの応援団をつくるのが悲願だったという。

作曲家として50年以上のキャリアをもち、「UFO」(ピンク・レディー)、「どうにもとまらない」(山本リンダ)など、多くのヒット曲を手掛けてきた。
「(これまで)応援団がいなかった。若いアーティストたちの素晴らしい作品、エネルギーを世界に発信する最短距離をつくってあげたい」
「こういうチャンスを、日本の音楽産業のために実現していただいただけで、胸がいっぱいです。我々のときは、後ろを振り返っても誰もいない。みんな孤軍奮闘だった」
数々の音楽家のこれまでの苦労を振り返り、日本のエンタテインメント産業の新たな出発点となることに期待を示した。
最後に、豊田会長のスピーチ全文を掲載する。今回の決断に至った想いをご覧いただきたい。