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歴史を受け継ぎ次代へつなぐ 上郷工場が取り組む伝承とは

2025.05.27

トヨタの各工場の歴史と、目指していく進化を紹介する連載シリーズ「トヨタ工場の継承と進化」。今回は初のユニット工場となる上郷工場を紹介する。

ベテランが生き生き働き、技能も継承

続いて紹介するのはSS(スーパースキル)ライン。再雇用者が生き生きと働けることを目指してつくられた現場だ。工場で働く高齢者が2020年に向けて増加していく将来を見据えて、2013年に立ち上がった。

このラインの企画書を書いたのが、当時課長だった斉藤工場長。このときを次のように振り返る。

斉藤工場長
高齢従業員が生き生きと働ける評価指標(いきいき評価)というものをつくりました。「いきいき評価」には、「小さいボルトを取る」、「(細々とした)小忙しさ」、「重たいものを持つ」などたくさん項目があって、一つひとつの作業を評価していきました。

そして評価が上がらないところを改善して、高齢者が楽に働けるラインを、高技能者の人たちとベテラン、私たち改善のプロも入ってつくりました。

SSラインでこだわっているのが、手作業を基本としたシンプルなラインであること。電気を使わず、重力やテコなどを利用し、作業効率を上げるからくりが、ふんだんに使われている。ここで生まれた治具やからくりは、そのまま同工場内のTNGAラインに使われたり、自働機に転用されたりしている。

SSラインで使われているからくりの一つ。スプリングシートと呼ばれる小さな円盤状のパーツをエンジンに組み付けるときに、写真1枚目中央のペンがシートに着色。正しく組み付けられているかどうかを確認する際の、視認性を高めるくふうが施されている。

「手作業で組んでいる人は、ほとんど手作業の順番で自働機をつくっていきます。ここで勉強をしておけば、あとは操作を覚えるだけで、設備の中で何が起こっているか全部わかる」と斉藤工場長はSSラインの意義を強調する。

実際SSラインには、再雇用者が生き生きと働くだけではなく、「技能伝承ラインとして活用し高技能者を育成する」というミッションも請け負う。

現在は障がいのある方々が働くトヨタのグループ会社「トヨタループス」のメンバー6人も一部工程に入り、ベテランと一緒に作業している。

深井政之主査は、「シンプルな自働化を目指す役割は、ここで担っていきながら、ダイバーシティにも貢献して、さらに良くしていく。SSラインが広がることはあっても、なくなることはありません」と力を込めた。

伝承の現場はライン以外にも

2024年8月に開設した「TOYOTA POWERTRAIN GALLERY(パワトレギャラリー)」は、トヨタの歴代のエンジンやトランスミッションが展示され、パワートレーンの歴史を体系的に学べるようになっている。

もともとは、トヨタの各ユニット工場や春日部品センター(愛知県)などに眠っていた貴重なエンジンやトランスミッションが散逸することを危惧した、パワートレーン機能開発部を中心とした有志メンバーから発案されたプロジェクトだった。そこに上郷と衣浦の2工場のメンバーも賛同。保管場所があったことや、日本初のユニット専門工場だったこともあり、上郷工場内に開設されることとなった。

展示されている一番古いものは、1935年製の初代A型エンジン(複製)。トランスミッションでは、初代クラウンに載せていた2速のオートマチックトランスミッションがある。

現在は、バックヤードにあるものも含めると、上郷、下山、衣浦、本社、三好、明知から集めた約250基のパワートレーンを保管、展示している。ギャラリーは、トヨタの従業員を通じて予約すれば、社外の人も見学可能で、地域住民や近隣の学校からも訪れる人がいるという。

ここを管理する、上郷工場・下山工場統括部 工場戦略室の岩岡守チーフエキスパートは、展示品を前に先輩が後輩に、開発当時の様子を語る姿が印象的だったと振り返る。

岩岡チーフエキスパート
今語ろうとしても、当時のエンジンやミッションは(近くに)ないと思うんです。実物を前にして、たくさん語ることができたのだと思います。

その先輩は、もう何年かすると卒業してしまいます。ここが伝承の場としても有効活用されていることを感じました。

パワトレギャラリーを管理する上郷工場・下山工場統括部 工場戦略室の(左から)杉山茂シニアエキスパート、小室文彦さん、岩岡チーフエキスパート

パワトレギャラリーでは今後、こうした開発に携わった技術員に実物を前に講演してもらい、継承に努めていくことも考えているという。

同時に各地の工場に点在しているパワートレーンも集めている最中。今秋には、上郷工場で最初につくられたM型エンジンが展示される予定だ。

職場運営の3本柱

さて、ここまで上郷工場における歴史や技能伝承の取り組みを見てきた。ここで継承とは少し毛色が異なるが、上郷工場から始まった職場運営の変化についても触れたい。

2000年以降トヨタでは海外への生産拡大を背景に、エンジン工場も増加。上郷工場は下山、田原とともにマザー工場として支援していた。

しかし、TPS活動や品質向上活動など、さまざまな活動を3工場がそれぞれの手法で伝えていったため、海外の現場では優先順位に迷うことも少なくなかった。国内でも、規模の拡大に追従するため、活動の変更が度重なり、現場はその度に軌道修正を迫られていた。

そこでモノづくり現場での重要なポイントを、“人”、“製品”、“設備”の観点で以下のように整理。2007年に『職場運営の3本柱』活動と定めた。

・人:標準作業の徹底と改訂
安全確保や品質問題防止のため、標準作業を厳守し、改善に応じて要領書*を改訂する。
*作業要領書。手順を工程ごとにまとめた書類。正確に作業できるように記載されている。改善が入るたびに改訂される。
・製品:加工点マネジメント
部品を加工する際、刃が触れる位置や締め付けトルクなどを管理し、不良品を出さないようにする。
・設備:自主保全
設備の故障や停止を未然に防ぎ、維持管理するために現場で点検すべきポイントを定める。

3本柱活動により、職場を運営するために不可欠な要件が明確化。下山工場や田原工場とも共有され、グローバルに展開している。国内では、組長管理ボードを使って、組ごとに3本柱活動における強み・弱みを組長やメンバーが共有し、円滑な職場運営と活性化につながっているという。

工場の各組にある、会社方針や工場長方針を現場の活動に落とし込んで管理するボード(組長管理ボード)。ここには作業の改善計画や設備の停止時間といった進捗状況や課題など、3本柱活動を具体的に示した内容が掲示されている。組長やメンバーはこのボードを見て達成/未達を管理する。

上郷工場・下山工場統括部 技能育成室の伊藤裕グループ長は「組長さんがやるべきことを分かった上で活動すれば、メンバーもそれによって成長できます。3本柱があれば、(やるべきことが明示されているので)組長さんも困りません」と話す。

上郷工場第1エンジン製造部 第11製造課の辻岡清課長(左)と伊藤グループ長

本記事の後編にあたる『進化編』で紹介するが、上郷工場では組長管理ボードのデジタル化が進み始めている。伊藤グループ長は「3本柱に込められた想いや目的みたいなことは、(デジタル化が進んでも)教え続けなければと思っています」と未来を見据える。

上郷工場第1エンジン製造部 第11製造課の辻岡清課長も「3本柱をきちんとやっていくことでKPIは上がる、いつも成果を出し続けるということは、後輩に受け継ぎたいです」と語った。

進化の裏にあるものは

上郷工場は今、特に若手を中心にデジタル化、自働化を進めようとしている。だが、どんなにデジタル化、自働化が進んでも変えてはいけないことがある。

上郷工場の進化の裏には、先人の想いを受け継ぎ形にし、次代へ伝える先輩たちの存在があった。

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