
最新の設備を備え、大きな期待を背負って操業を始めた上郷工場。10年後もエンジンをつくり続けていくために、今取り組もうとしていることとは。
デジタル化で作業を楽にやりやすく
「パソコン上で組長ボードさえ見れば、いつでもどこでも誰でも、すぐ状況確認できるようになりました」
上郷工場エンジン鋳造部 第1エンジン鋳造課の宮成照男組長が説明してくれたのは、継承編でも紹介した“組長管理ボード”のデジタル化だ。上郷工場では、鋳造工程でもデジタル化は進められている。
工場方針を現場での組目標に落とし込み、達成状況を見る組長管理ボード。従来は、組長が毎日紙に手書きで数値などを記入していた。作業には多大な手間と時間を要し、記録用紙の保管場所も確保しなければならず「いつも疲れてしまっていました」という。


そこで日々の部品の点検結果などを従業員各自でタブレットに入力、組長管理ボードに集約され、グラフ化も自動でできるように。約36時間/月相当の組長の余力創出につながった。
このほか、不良品が発生した際も、デジタル化によりメンバーとの即時共有が可能になっている。
鋳造工程ではこれまで、不良品の検出や、不良品情報の入力は、出荷後の後工程となる加工や品質管理部門に任されていた。鋳造側は1日に1回、見つかった不良品を回収。後工程と同様の不良品情報を記録していた。
鋳造現場では生産~不良確認まで最大5日程度のリードタイムが発生し、その間に大量の不良発生の恐れがあった。
そこで加工や品質管理部門とも連携し、情報をリアルタイムに共有できる汎用入力ツールを作成。不良が発生した時点で、内容や部位が分かるように。
デジタル化は2020年ごろから始まった。鋳造の世界はこれまで、ベテランの知見に頼ることが多かったが、デジタルツールを活用することで若手も積極的に意見を出せるようになってきているという。
「デジタル化で作業者が、より作業しやすくする」。活動を進める宮成らチームのメンバーは口をそろえた。

女性も高齢者も働きやすく
上郷工場の景色を変えているのは、ロボットの導入やデジタル化だけではない。
継承編でも紹介したSS(スーパースキル)ラインのように、多様な個性が生き生きと働ける職場づくりとして取り組まれているのが“にじいろライン”だ。
ここは、GRカローラやGRヤリスなどに積まれているG16エンジンのシリンダーヘッドを組み付けるサブライン。
将来にわたっても女性や高齢者が活躍できるよう、男性作業者との体格差を気にすることなく働ける改善が進んでいる。腕を伸ばしたときの角度や距離を計測するなどして、独自の指標を設定。作業しやすいように部品や治具の手元化、軽量化が図られている。

にじいろラインは、2015年からエンジン生産で一体運営体制を敷く下山工場で、18年にスタート。24年に上郷に移ってきた。現在は5人の女性従業員が働いているが、もっと多くの従業員とともに、全員活躍の実現を目指している。
上郷工場第2エンジン製造部 第21エンジン製造課の川合友華エキスパートは「やっと土台ができた」とし、次のように続ける。
川合エキスパート

今までのラインは、工程が人を限定していて、女性が作業できないことがありました。ですが、これからは工程が人に合わせていくことが大事なのではないかなと思っています。
今後はさらにインクルージョンの部分に目を向け、一人ひとりの個性や能力を100%発揮できるラインづくりを目指していきたいと考えています。
*川合エキスパートが持つグリップ部も改善の一つ。GRカローラなどのエンジン部品を締め付ける治具だが、従来は写真左上の黒いグリップ越しにトリガーを握って作業していた。ただ手の小さい女性にはグリップが太いため、トリガーと一緒につかみにくく、つかんでもしっかりと保持できずに締め付け異常が発生することも。そこでグリップ位置を手前に変更。青いグリップ部は治具のトリガーと連動しており、しっかり握れる上、両手で作業できるようになっている。
同課では、メンバー全員で活動を進めている。一戸光行課長は、「一つの工程に対するバリエーションをどこまで自分たちが準備できるか。人が代われば段替え(段取り替え)してでも、その作業者に合った状態にすることが、工程としての多様性対応になります」と課題を認識する。

ただ、にじいろラインとSSラインで展開している改善は、「人に対して丁寧な改善をし、その結果丁寧な仕事になっていっている」と共通点とともに手応えも感じている。
下山で生まれ、上郷でも育ち始めた多様性の芽が育っている。
働きがいのある職場は自らつくる
2024年11月にあった労使懇談会。低調に終わってしまう職場コミュニケーションをテーマに話し合う中で、斉藤工場長がこのようなことを語った一幕があった。
斉藤工場長
「みんなで好きなように自分たちがゆっくりくつろげる休憩場をつくってください」と言いました。
自前で壁紙を貼ったり、机をリノベ-ションしたりすると、そこに小さなコミュニケーションができて、それが非常に良い効果を生みました。
今回、上郷工場の取材時にあたって、工場内でひと際目を引いたのが、個性あふれる詰所や休憩スペース。

例えば写真左下の休憩所は、エンジン部品の廃材でつくったテーブルやいす、使われなくなった木製パレットを配置している。これらは各課の若手を中心に考案したものだという。

休憩所には、トヨタ社内ではよく見かける「7つのムダ」といった業務に関するポスターがない。そこには斉藤工場長の「休憩所はくつろぐ場所」、「仕事は大変。だから昼休みを自由に使ってもらう」という想いが反映されている。
“盛り上げ隊”は、こうした若手による職場のコミュニケーション活性化活動だ。若手の離職率低下を狙い、「どうしたら毎日、元気よく会社に来られるか」、「やりがいを持って楽しく働くにはどうするか」を軸に据え、下山工場を起点に24年から上郷工場でも始まった。
上郷工場での隊員数は40人超。活動内容は課によってバラバラで、休日に集まって野球大会や地域のボランティア清掃に参加するところもあれば、休憩時間に課のメンバー全員でけん玉大会を開催するところもある。
こだわっていることは、人とのつながり。
隊員を務めた、上郷工場第1エンジン製造部 第11エンジン製造課の中井愼太郎さんと、同第12エンジン製造課の丸山領チームリーダーは、活動を通じてこれまで以上にコミュニケーションが生まれてきていると感じている。

中井さん
休日一緒に活動することによって、今までその人が何をやっていたのか分かるようになりました。他の人も誘ったりして、輪がどんどん広がっていっています。若手が1人にならない、孤立しないことが離職率に影響を与えるのではないかなと思っています。
丸山チームリーダー
盛り上げ隊のイベントをやると言ったときに、休憩時間にチームで練習し、今まで薄れていた会話が生まれて、活動を通じて盛り上がったかなと思っています。
(盛り上げ隊活動を通じて)仕事でもコミュニケーションを取れる環境ができています。
活動は始まったばかり。実数として離職率の低下につながっているかはまだ分からないが、斉藤工場長も「楽しみです」と目を細めている。
鋳造から加工、保全まで将来の自働化を見据えて
さて、話を再び生産現場に戻して最後に紹介するのは、2024年にプロジェクトが始まった「共創ライン」だ。
共創ラインでは、現在の技術力を詰め込み、未来に向けて働きがいを感じられるラインの構築を目指している。ラインも建屋も分かれている鋳造と加工、組付、さらには保全や品質管理まで一本化することも見据える。
現在は、将来の自働化に対応できるように、エンジン製造におけるさまざまな要素技術を開発中。自働化を進めることで、作業者にはより付加価値の高い作業へシフトしてもらうことを狙う。
これらの要素技術は、号口(量産)ラインでさらに改善を重ねて共創ラインに組み込まれるという。ここで生まれた最初の自働機は、まずTNGAエンジンの組付ラインに入る。

開発企画の取りまとめと推進をしてきた、上郷・下山工場エンジン製造技術部 プロジェクト革新室の蒲生将也グループ長。現場の声を聞き、号口ラインでも生きるアイテムであることを重視している。
蒲生グループ長

私たち技術員だけで考えてしまうと、どうしてもやりたい技術だけの開発になってしまいます。真の働きがいとは何か? を考え、そこからやりたいことに落とし込んできました。
各ショップ、組付、加工、鋳造、保全、品質、仕入先さんと多岐にわたる関係部署があります。それぞれについてヒアリングをかけながら、どういうことに働きがい、やりがいを感じているのか聞き取って、(開発)項目を絞り込んできました。
昨年は構想を練り、現場の困りごとや働きがいをヒアリングする1年だった。今年は先述したロボットのようなアイテムを投入し、実証していく年になる。
「(共創ラインは)チャレンジです」。表情を引き締めた。