
水素エンジンカローラが5年目の24時間耐久レースに挑んだ。そこで今年も自動車研究家の山本シンヤ氏に今回の挑戦について表現してもらった。今回は、富士スピードウェイのキャンプエリアで焚火を囲んでの延長戦も。自動車ジャーナリスト今井優杏さんも加わって、「モータースポーツが文化として根付くために」というテーマで語り合った。

水素エンジンカローラが24時間耐久レースに参戦するようになって、2025年で5年目を迎えた。水素エンジンの挑戦の歴史でもある。
この挑戦を最前線でずっと追いかけているのが、自動車研究家・山本シンヤ氏だ。トヨタイムズは、例年通り山本氏にインタビューを敢行。そのたびに印象的な“山本シンヤ節”ともいえる的確な言葉で表現してくれる。
1年目は、そのインパクトの大きさから「夢の扉を開けたエンジン」。
2年目は、BEV(電気自動車)偏重だった世間の風向きの変化を捉え「内燃機関はカーボンニュートラルの味方」。
3年目は、液体水素に挑戦し、カーボンニュートラルに向けた選択肢の一つとして存在感を高めるなか、スーパー耐久という場にメーカーの垣根を越えて仲間が増えたことについて「世界が本音を喋れるようになった」と表現。
この年の24時間耐久レースは、ル・マン24時間を主催するACO(フランス西部自動車クラブ)のピエール・フィヨン会長が視察。2026年から水素エンジン車もル・マンで公認すると発表した。
4年目は、ポンプとタンクの改善で航続距離を1.5倍に伸ばし、参戦する他のクルマと勝負できるようになったことで「うっすら頂上が見えてきた」。
5年目となった今年、山本氏はどのような言葉で表現してくれるのか。いつもと同じ24時間耐久レース決勝の朝、富士スピードウェイ(静岡県小山町)のいつもと同じ場所からサーキットに視線を送る山本氏に、これまたいつもと同じスーツに身を包んだ森田京之介キャスターが声をかけた。
水素エンジン開発 前半戦の集大成

森田
いつもの場所にいつもの後ろ姿。山本シンヤさん、おはようございます。
山本
おはようございます。1年ぶりの?
森田
1年ぶりの。また今年も同じスーツが着られました。
シンヤさんは、変わらずですが…ここ(メガネ)は?
山本
2025年仕様。
森田
新しいのを買いました?
山本
はい。
森田
どこが変わりました?
山本
いや、これ塗ったんですよ。特注品。
森田
アップデートしていただいて、ありがとうございます。
本題に入ります。水素エンジンは2021年から始まったので、もう5年目になりますよ。
山本
いろいろありましたね。
森田
あっという間ですね。
山本
初年度、あんなにドキドキしていたのに。まあ(今も)違うドキドキはあるんですけどね。
森田
これはもう定点観測なので、いつもの場所で、いつもの格好で、山本シンヤさんに、水素エンジンの進化について聞くということです。
(水素エンジン)5年目、液体水素3年目、今年のチャレンジはどうでしょうか?
山本
今年はある意味、前半戦の集大成というところをすごく感じます。
森田
前半戦…? まず、どうやって前半と(後半に)分けるんですか?
山本
最初に気体水素でやったじゃないですか。次に液体水素。これから先、ポンプの進化みたいなところやタンクの進化が、もっと先につながると思うんですけど、いろいろなパッケージもすべてガラッと変わる。
今までのクルマではない(開発の)やり方をしていかなきゃならないんですけど、今のパッケージではたぶん、集大成に近い状況かなという気はしているんですよ。
森田
そういう意味では、最初のフェーズの最終段階ぐらいに来ている?
山本
(市販化に向けて)何合目とかって言いたがる人がいるんですけど、そうではない、開発のフェーズとしての前半戦が、今回、集大成なのかなって気はしますね。
まず初年度は出力を上げたいというところがあったじゃないですか。でも、航続距離が足りないので、液体水素に挑戦した。
今度は、液体水素を吸い上げるポンプの耐久性がどうかというところで、2年目、24時間を走りきれるかというときに、今度は違うトラブルが起きてしまったんですよ。
森田
去年、初めて「あれ、完走できないのかな」って思うシーンがありましたね。
山本
去年もちょっと偉そうに、いろいろな予測を立てたけど、そうはならなかった。
だから、ポンプの耐久性って、まだ24時間もつというのは、レースでは証明されてないんですよ。
森田
別にポンプに不具合が出たわけじゃないけど、24時間をフルフルで試せたわけじゃない。
山本
一応、机上では問題ないと言われているけど、レースではまだ実証されていない。そういう意味では、今年はそれ(24時間)を実証する場でもある。
森田
去年も山本さんはここで、いろいろな表現で状況を表してくれました。
去年は「うっすら頂上が見えてきた」と言っていました。ただ(そこから)苦戦した。それを踏まえての今年のチャレンジはどう表現しますか?
山本
「頂上が頂上じゃなかった」ってことです。近づいたり、また離れたりの繰り返しということです。
ある技術では、見えたかもしれないけど、違う技術では、一回戻っちゃったみたいな難しさ。
でも、それ(開発)をやり続けないと、やっぱり分からないこと。やり続けたから、頂点がうっすら見えたかもしれないけど、やり続けたからこそ、それが違う山だったみたいな見え方をしていますね。
ニュルは卒業試験の場
森田
見え方として、去年のトラブルは例えば、ABSのトラブルで水素エンジンとは違うから、水素エンジンは順調に進化していると見えそうですが、そこはどうですか?
山本
そこは、やはり去年は水素エンジンに一生懸命になりすぎて、クルマっていうところで言うと、少し足りないところがあった。
本当は、水素エンジンの開発をしたいんだけど、クルマ側に不具合があって、水素エンジンを証明することができなかったっていうのも、クルマ全体で見たらダメですよね。
森田
ちょっと先を見すぎて、足元をすくわれたような?
山本
あとは、1つのことに目を向け過ぎちゃったんだと思います。よく、モリゾウさんは「マルチにいろいろなことを見ろ」って言うんだけど、みんなが水素エンジンだけに目を向けた結果、クルマとしては、未完成とは言わないけど、走り切れなかった原因になってしまった。
森田
そういう意味では、今年は原点にかえらなきゃいけない。そこで、今年はこのスーパー耐久(S耐)という現場だけじゃなくて、ニュルブルクリンクという原点もまた戻ってくる年になりますね。
山本
数週間後にニュル24時間に同じチームが行く。でもクルマは別(GRヤリスDAT)。では、なんで2つも耐久レースに出るの?ってことですよね。
森田
こんな短い期間で2つも24時間レースに出るわけですよ。大変じゃないですか。
山本
だから、S耐の24時間は新しい技術を試す場所として戦う。ニュル24時間は、世界で一番厳しいコース。ある意味、あそこを走りきれないと卒業試験に合格したとは言えない。だからニュルは卒業試験の場なんですよ。
森田
まだ、水素エンジンは卒業試験を受ける段階ではないですね?
山本
そういう意味では、まだ、入学試験も受けてないかも。今、予備校にいるような状況ですよね。
森田
その話を聞くと、この2つの場所があるって、めちゃくちゃ大事じゃないですか?
山本
その両方に出ていることがすごいんですよ。
富士スピードウェイだけで分かることもあれば、分からないこともある。ニュルで分かることも、分からないこともある。だからクロスオーバーして、いろいろな課題も見えるし、解決方法も見える。
森田
たしかに、モリゾウさんに言われたんですよ。「S耐はS耐、ニュルはニュル、こんな考え自体、おかしいよ。ここはつながってんじゃない?」と、この2つが両輪で「もっといいクルマづくり」の場として回っていくような。
山本
走る場所は、多ければ多いほど、クルマは鍛えられるって成瀬(弘)さんがよく言ってたじゃないですか。
道で鍛えるには、どの道も必要。1つのところじゃなくて、いろいろなところで走ることが大事。
森田
そういう意味では、クルマづくりということ自体が進化してきている。そんな感じがしますね。
再び「白い巨塔」が姿を見せた!?
山本
ただね、この練習走行、予選を見ているとそうじゃないところもあります。
森田
進化していないというか…何ですか?
山本
ちょっと苦言を呈さなければいけない。第三者としてね。
森田
え!? 厳しいじゃないですか。何ですか?
山本
ちょっと、「白い巨塔」に戻る瞬間を見てしまったんですよ。
森田
「白い巨塔」たまに聞くワードですね。
「白い巨塔」とは、豊田章男会長が社長時代に会話が通じない技術部に対して付けた呼び名だ。
リンク:NewsPicks がトヨタイムズをハック!トヨタ技術部は、「白い巨塔」か?
山本
今回、テスト走行でいろいろな不具合が出ましたが、エンジニアは「データ上問題ない」って、言っちゃいけないキーワードをモリゾウさんに言っちゃったんですよね。
それで調べていったら、データが間違っていた。やっぱり、クルマを見て、自分の目で見て、判断して手を出して確認しなきゃいけないっていう、まさにクルマ開発の原点にエンジニアは気付かされたと思います。
森田
気付いて立ち止まって、もう一度その姿勢に戻る。それは原点回帰、再スタート。非常に大事なところですね。
山本
この24時間は原点回帰かもしれないですね。同じチームがニュルに行くから、ニュルでも同じことが起きたら、やっぱり良くない。それがS耐で発見できたっていうのは、1つのいいことかもしれないですね。
もちろん、どっちが上とか下とかないんですけど、S耐からニュルに行くという。STMO(スーパー耐久未来機構)でも、開発でもそういう流れをつくりたいというのは同じだと思うんですよね。
「S耐からニュルへ」というときに同じ過ちをニュルでしたら、やっぱり意味がないじゃないですか。今回はそういうところを見ていきたいなという気がしました。
森田
今年もいろいろな視点で見なきゃいけない感じですけど、シンヤさん、24時間…?
山本
います。夜勤もやります。
森田
寝ない?
山本
寝ない。これは僕、言い続けてしまっているので、もうやめられないんですよ。
やめられないっていうのもあるんですけど、でも(サーキットに)居続けないとなんかドキドキしちゃって、どうせホテルに戻っても寝られないし、気になって足運んじゃうんだったら、もうこの場にいた方がいいって。
森田
いや、でも我々5年目で、その分歳もとっていますよ。
山本
それはもう、やらなきゃいけない。僕のライフワークですから。やれる限りはやる。
森田
じゃあ、我々も耐久レース、頑張りましょう!
例年であれば、2人の定点観測はここで終わりだが、レース開始から3時間後、「RECAMP 富士スピードウェイ」から行われたトヨタイムズ中継にも、山本氏は出演してくれた。