
水素エンジンカローラが5年目の24時間耐久レースに挑んだ。そこで今年も自動車研究家の山本シンヤ氏に今回の挑戦について表現してもらった。今回は、富士スピードウェイのキャンプエリアで焚火を囲んでの延長戦も。自動車ジャーナリスト今井優杏さんも加わって、「モータースポーツが文化として根付くために」というテーマで語り合った。
ピンチをモータースポーツでチャンスにする
山本
昔、石油ショックってあったじゃないですか。 まだ僕が子供のころにあったんですけど、そのとき、自動車メーカーはレースから撤退した。
今回、カーボンニュートラルっていうのは、石油ショックに近いピンチなことなんですけど、今度はそれをモータースポーツに来て解決をしようと。そこは、すごい変わったなという気がしました。
森田
引いたんじゃなくて攻めにいった。そこにモリゾウさんが出てきたから、みんなついてきた。大きなムーブメントですね。
山本
今までだと、なんとなく、コーポレート的にはやっちゃいけないなって思うじゃないですか?
だけど、やったことでいいことが起きるんだったら活用しましょうよって。
森田
今井さんはニュルの活動も見てきて、その後、S耐の活動も見て、今井さんの目線ではどう映っているんですか?
今井

本当にモリゾウさんがクルマをお好きだっていうことが、本当に(2人が)おっしゃる通り、ブレていないんですよ。
どういう形であれ、クルマを好きな人が、それぞれクルマを持続可能にするために、いろいろと知恵を絞ってきたなかで、点と点が(線で)でつながったっていうことだと思うんですよね。
今みたいにカーボンニュートラル、カーボンオフセット、マルチパスウェイみたいな言葉が出てくるもっと前からクルマのレースって技術開発の場なんですよ。
それは自動車が誕生したときから変わってないんだけれど、それが公害であったり、排出ガス問題とか、暴走行為ともつながってしまって、少しネガティブになってしまった時代に、(自動車)メーカーはちょっと尻込みしたんですよ。
「モータースポーツをやっています」って言うのが恥ずかしくなっちゃう時代があったんですね。
でも、モータースポーツの現場って、人が鍛えられて、クルマも鍛えられて、タイヤメーカーもパーツメーカーも、もちろん燃料も鍛えられる場なんですよ。
だけど、そこに焦点を当てる人がいなかった。そこに光を当てたのが、おそらくモリゾウさんで、それに賛同するレーシングドライバーがいて、つながった。
それが他ならぬ、世界第1位の自動車メーカーの社長(当時)が、投じた大きな石だった。すごく大きな意義だと思っています。 私は(モリゾウさんが)世界を変えたと思っています。
森田
アツいですね。シンヤさん今の話を聞いてどうですか?
山本
その通りですよ。やっぱり好きじゃないと、まず続けられないし、頑張れないってところはありますよね。
今井
すごい感じますよね。 やっぱり、いろいろなご苦労とか、沢山されてきたと思うんですよ。 このクルマ好きというのを貫くために。だけど、まっすぐ貫いてこられたんだと思います。
森田
だからこそ、このモータースポーツをちゃんと未来に残すために、エンジンをまず残さなきゃいけないとかもそうだし、裾野を広げないと残らないし、どんどん若手が入ってこないと残らないし、いろいろやっている活動というのは、すべて通じている。
人が中心のクルマづくりとは?
今井
水素とか新しいエネルギーの扉とか、そういうことを置いておいて、一番にモリゾウさんってすごいなと思うのは、人を見ていらっしゃるんですよね。
結局はクルマの先に人を見ているんですよ。クルマのある未来が、人がどう幸せであるかを。
そこに行かないと置いてきぼりにされちゃうかもという焦りを持たせたっていうところも大きな一石だったのではないかなと思うんですよね。
森田
それで「この指止まれ」ですね。みんなこうやって集まってきて、このモータースポーツを将来に残す。
これは、クルマのメーカーとして、ものすごく大事なことだということが分かってきたなかで、このS耐という場がその集まる場所になっている。
いろいろなメーカーが集まってきたS耐、ST-Qクラスで、「水素エンジンという技術をやっていますよ」とか、「カーボンニュートラル燃料という技術をやっていますよ」とか、一つひとつの技術を見ているだけではなくて、「もっとクルマメーカーとして引いた、広い視点で見ている」みたいなことを、この前にシンヤさんが口にしていたと思うんですけど、そこを今日は深掘りたいんですよ。
山本
もちろん、技術が育つというのは絶対あると思うんですよ。
水素エンジンにしても、カーボンニュートラル燃料にしても、クルマ全体の「もっといいクルマ」というところは間違いないんですけど、もっといいクルマをつくるのは人じゃないですか。
だから、人を育てるために、このモータースポーツの場にいるというのは、ものすごい、大きいことじゃないかなって気がしているんですね。
そこがたぶん、自動車メーカーがこのレースに参入している一番のポイントだと思います。
森田
その技術というのは当然、時代によって進歩していくんだけれど、その新しい技術に挑戦するマインドを持っている人がいるとか、その技を持っている人がいるとか、結局、人がつないでいかないと、つながっていかない。
山本
トヨタイムズなので言っちゃうけど、今までのトヨタの人って、「クルマが大好きです」っていうのは、なんか恥ずかしいとか、言っちゃいけないみたいな風潮があったのです。
でも、モリゾウさんがそこのマインドチェンジをして、クルマが好きなんだっていうことをちゃんと言えるトヨタになれたっていうのは、一番デカいと思いますよ。
森田
クルマメーカーなんだから、今でこそ、それは当たり前なんですが、それは当たり前じゃなかったんですか?
山本
物を売って、お金をいただく。つまり、利益を得るということに一生懸命になっちゃったんだけど、(豊田)章男さんはたぶん、利益の先みたいなところを見ていた。
(商品の)先にはやっぱり、人がいる。人に喜んでもらうってなんだろうという、まさに自分以外の誰かのためにというところの気持ちをみんなに伝えたかった。
それがこのモータースポーツだと一番分かりやすく表現できたのかなっていう気はしています。
森田
その先にある何かは、答えはモリゾウさんは言わないわけですよね。ただ「もっといいクルマ」と。それぞれが考えなさいと。
山本
モリゾウさんが、もし「コーナリングがいいクルマをつくりなさい」って言ったら、バスだろうが、ワゴンだろうが、トラックだろうが、みんなそういうクルマをつくっちゃうじゃないですか。
森田
「私の考えるもっといいクルマはコーナリングのいいクルマです。 だからトヨタは、これからそういうクルマをつくっていくんです。」って言うと、おそらくメディアは「分かりやすいね。トヨタはこれから、こうやっていくんだね」ってなるかもしれないけど。
山本
サスペンションやっている人だけが、一生懸命やらなきゃいけなくなっちゃうんじゃないですかね。
だけど、もっといいクルマってみんなが頑張らないとできない。みんなで考えますよね。
森田
サスペンション(の開発)をやっている人たちは、我々にとっての、もっといいクルマをつくるための貢献の仕方は何だ?って考えますね。
山本
あと、トラックにとっていいクルマってなんだろうとかね。ミニバンにとっていいクルマってなんだろうとか、たぶん、みんな答えは違うと思うんですよ。それを「自分たちで探しなさいよ」ってことですね。